2005年12月10日

モニタリング管理システムの功罪

最近、流行のモニタリング管理システムとは何か?

まず、簡単なものとして、モニタリング報告書をパソコン上から打てるというものがある。
僕が現役にモニターの時代は、複写式の紙にボールペンで書いていたので、何度も何度も、同じ言葉を書かないといけなかった。

例えば、「治験課題名」はモニタリング報告書に記載しないといけないので、毎回、同じ言葉を書いていた。
それが、このモニタリング管理システムなら、プルダウン式で選択できる。
これはありがたい機能だ。(入社してから、そういうモニタリング報告書しか使ったことがない世代の人には分からないと思いますが。)

さらに、このモニタリング報告書を記載する機能に、いろんな機能が追加されている。

例えば、治験を開始する時に当局へ届け出る「治験届」作成機能。
或いは、治験薬を出庫するための「治験出庫依頼伝票」作成機能。
そして、最も、このモニタリング管理システムの売りは、「アラーム」機能、或いは「歯止め」機能とも言うべきものだろう。

これは、例えば、治験の契約が済んでいない病院へ治験薬を出庫しようと「治験薬出庫依頼伝票」を発行しようとしても、できないようにシステム上、なっている。

だから、昔なら、契約が未締結の病院へ治験薬を持っていく、ということはシステムの機能上有りえない、というわけだ。

これだけ聞くと、なかなか良さそうだが、やはり問題も有る。


モニタリング管理システムの問題点とは?

まず第一に挙げられるのが、モニタリング内容の詳細が分かり難くなったことだ。
例えば「有害事象有り」とだけ、パソコン上から、チェックボタンを押すだけ。

で、その内容は? というと記載されていなかったりする。

もちろん、それらの詳細が書けるようにモニタリング管理システムには『特記事項欄』が有るので、普通のモニターなら、そこに有害事象の詳細を書いてくれる。

しかし、チェックボタンにチェックマークをつけるだけで済んでしまうモニタリング管理システムでは、そこをスルーさせる人が少なからずいる。

有害事象に限らない。

チェック欄にチェックを入れて、有用な情報を記載されなくなったという傾向が有る。
また、そのためだけでもないが、まともな文章をコンパクトに書く能力も低下傾向にある。

チェックボタンやプルダウンメニューという便利な機能がついた分、ひとによっては、それがデメリットになっている。

また、モニタリング報告書をチェックする上司やモニタリング報告書点検者も、画面上では見にくいためか、以前の紙のモニタリング報告書の時よりも、チェックが甘くなっている。
そして、もっと恐いのは、モニターが詳細を書かなくなってきた分、危険を早期に察知しにくくなったという点もある。


そして、モニタリング管理システムの一番悩ましい点は、どこまでバリデーションするかということだ。
いわゆるFDAの21CFR Part11対応だ。

一番、手っ取り早いのは(と言っても、結構、手っ取り早く無い)、21CFR Part11のコンサルティングを生業としている業者に入ってもらうことだ。ただし、料金は高い。

で、そのコンサル業者が入ったとしても、最終的に、いろんなレベルで決定するのは製薬会社になるので、これまた人手がかかる。

今のところ、日本中、誰も、本質的にFDAの21CFR Part11対応を分かっていないので(トーゼン僕も含めて)、自社でプロジェクトチームを作ってやってもいい。

各種機器のバリデーションにしろ、治験における統計解析システムのバリデーションにしろ、基準では「何をしろ」とは書いてあるが、「どこまでしろ」というのは、書いていないのがほとんどだ。

だから、各社で「我が社では、このような手順で、このようにバリデートして、みんなには、こうやって教育して、こんな記録を残しています。」とやってもいいだろう。

つまり、本質的に治験のSOPと同じなのだ。

GCPでは、治験依頼者や医療機関のIRBはSOPを作りなさい、と言ってはいるが、どこまで、どのようにSOPを作れとは書いてない。

それぞれの会社で、知恵を出し合って、決めればいいと思う。

他社のことなんか、気にしなくていい。

他社のことを気にしている暇が有ったら、自社のSOPをどのようにして、各自に守らせるかを考えたほうが、ずっと有意義だ。


PC上で動くモニタリング管理システムなので、一番の弱点はPCが使えない時にはモニタリング報告書を書けないということだ。
僕がモニターをやっていた時は、紙ベースだったので、出張帰りの電車の中でも書くことができた。
まぁ、今でも、電車の中でやれないことはないが、ちょっと大変だ。

そして、最も恐ろしい弱点は、サーバーがクラッシュした場合だ。
通常は、そのために定期的にバックアップを別のサーバーに保存する必要がある。

また、承認申請後の実地調査や書面調査では、プリントアウトしておかないということだ。
総合機構の人が、いちいち、モニタリング管理システムにログインするのは大変だ。

しかし、こうも考えることができる。

総合機構のPCから、インターネット経由で(或いは、専用回線で)各申請者のモニタリング管理システムを覗くことができる、ということだ。

「そんなアホな!」・・・・・・ですよね、今、現在では。

でも、将来的にも絶対に無いかというと、僕は、そうは言い切れないと思う。


PC上でモニタリング報告書を書けるのは便利だ。
しかし、どんな便利さも常に危険とも隣り合わせになっている。

まず、アラームが出過ぎるために、そのアラームに麻痺するということがある。
そもそも毎日のようにアラームが出ること事態が問題なのだが、さらにそれを通り越して、アラーム自体に麻痺してしまうという人もいる。

こうなると、小さなアラームも大きなアラームも関係無い。
『治験責任医師の履歴書を入手していない』というアラームと『重篤な有害事象の報告が出ていない』が、全く同一レベルで無視される。
これは恐い。

また、このモニタリング管理システムに頼りすぎるようになると、段取り力や判断力、治験の流れの把握が弱くなる可能性も有る。

もちろん、モニタリング管理システムは便利なのだ。
便利が故に、危険なのだ。

そこをきちんと理解させた上で、モニタリング管理システムを運用する必要が有る。


どんなPC上のシステムでもそうなのだが、『一覧性』では、紙に負ける。

ざあ〜〜と、治験の流れを見る時に、紙ベースのモニタリング報告書を斜め読みしながら、指でめくったほうが、今のところ、まだ、早い。
(そのうちに、そのようなソフトも出てくるかもしれないが。)

ある施設の治験参加者全員の流れを把握するような場合は、特に紙のほうがやりやすい。
だから、モニタリング管理システムで入力したモニタリング報告書も、必ず、プリントアウトしておく必要がある。

で、ここで問題となるのが、印刷した時のモニタリング報告書のデザインだ。

もし、紙ベースでやっていたら、ここは読みにくいから、こうしたいとか、ここは重要だから二重枠にしよう、ということが簡単に出来る。

しかし、モニタリング管理システムではやれないことはないが、紙に比べてはるかに時間とお金がかかる。

だから、このシステムを導入する時には、慎重に検討した上で、デザインをシステム設計屋さんに頼むのだが、運用してみて初めて分かる問題も有る。

ここがもっと安く、手早く対応できたら、どんなに素晴らしいか、と思うのだが。


『モニタリング管理システムの功罪』の最後として、利点をあげよう。

使っているシステムにもよるが、大抵のモニタリング管理システムには一覧表を打ち出す機能がついている。

これは便利だ。

たとえば、「施設に連絡しないといけない副作用情報」を全施設に連絡したかどうかの確認などは、この一覧表機能で確認できる。

また、IRBの開催日時等、『治験総括報告書』に別添でつける一覧表も、昔のように紙で書いていたら、それをいちいち拾って書かないといけないが、この機能を使うと、これまたはるかに便利だ。

こうして、一覧表にするとか、あるリクエストに対して、それに該当する施設だけ抽出するなどのデータベース機能はとても便利だ。

ただし、これとても、モニターが全員、きちんと入力していないと意味が無い。

どんなツールを使うにしても、最後は、やっぱりモニター個人の意識に戻るのだ。

だからこそ、どんなに優秀なツールやシステムよりも、優秀な人材を採用するほうが、会社にとっては計り知れないメリットが有る。

機械はあくまでも機械であり、人間の補助をするだけだ。
機械が優秀な人間にとって代わりになることはない。

それだけは覚えておこう。
posted by ホーライ at 08:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 治験の問題点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

製薬会社とCRO、SMOと治験実施医療機関は正しく機能しているか?

GCPが変わった時に、法律的に初めて、治験業務の委託受託が明記された。(省令GCPの第12条)
最近ではSMOも活躍し始めた。
治験依頼者側のCROと、病院側のSMO。
これらが正しく機能しているか、或いは、どうなったらより良い方向に行くのかを考えてみたい。

前半では現状での問題点を考え、後半は今後のことを考えたい。


まずは治験依頼者とCROの関係から検討してみよう。

治験依頼者からCROへ委託される業務範囲はいろいろ有る。
一般的なものとしては、モニタリングの一部(或いは全部)を委託・受託することだろう。

この時に問題としてあがるのは、どんなことがあるだろうか?

1)委託/受託業務範囲で、お互いに認識が一致していなかった。

2)CROに期待したほどの治験の質・スピードがなかった。

3)委託する側は受託する側の内容を把握するのに苦労する。
(逆の場合もある。すなわち受託した側が、委託者側からの依頼行為が同じ会社なのに、いろんな部門から、それぞれ違うことを要求される。)

以上が、三大問題だろうか。(まぁ、そういうことにして、先を急ごう。)


まず、最初の「1)委託/受託業務範囲で、お互いに認識が一致していなかった。」だ。

これは、『治験依頼者とCRO』という関係だけでなく、ビジネス全般に有り得る話だ。
たとえば、ジャンボジェット機のエンジンのある部品を大手メーカーから、下請け会社へ製造委託した場合でも起こる。

日本は、「契約」にまだ慣れていない社会だと言われている。
それはそれでいいとしても、要は意志の疎通の問題ということになる。

「こちらから要求した事項は、これこれという規格なのに、出てきたものがその規格に合っていない。」
「いや、そちらから依頼された事項は、これこれの場合、こうしろという指示書になっている。」
・・・・・・という話だ。

個人的な約束ごとでも起こる話でもある。
そんな時の解決策は、まずは、コミュニケーションを正確に行うことだ。

例えば、デートの待ち合わせ場所と時間、遅れそうになった場合はどうするかを、あらかじめ両者の間で確認しあう、ということ。

治験に関連する業務のうち、ここの範囲をお宅にお願いします。
ハイ、了解。で、ここの範囲の、この場合、どうしますか?
その時には、こうして迂回してください。

・・・・・・というように、事前に約束事を決め、それを文書の形として残す。これがまず第一歩目だろう。


「1)委託/受託業務範囲で、お互いに認識が一致していなかった。」の続きです。

例えば、事前の連絡不足で双方にとって、驚くことが出てきた場合(委託者側:え!?そんなこともお金を取るの?始めから言ってよ。vs 受託側:え!?それも、うちの仕事の範囲ですか?聞いてませんよ。)、どうするか?

はい、これもデートを例に考えてみよう。

パターン1:どちらかが強引に自分の意見を通す
パターン2:折衷案を出す
パターン3:ここで破談する


まず最悪は、パターン3だ。それまでのデータの移管や処理業務で両社とも大変な作業量になる。

パターン1は、今後のことを考えなくてもいい場合は、有効だ。
たとえば他にもCROが有るから、とか、別にたくさん委託者がいるからとか。
もちろん、パターン1であっても、今回のことを反省して、次からはもっと良いパートナーシップでいましょうよ、となれば、メデタシ、メデタシとなる。

一番、無難な線はパターン2だが、この場合、ポイントは「折衷案を出せるかどうか」にかかってくる。
また、これを機会に両者の関係が悪化して、次回からは委託・受託の関係が切れる可能性もある。
パターン2を選択したとしても、パターン1で述べたように、「今回のことを反省して、次からはもっと良いパートナーシップでいましょうよ」となることを目指すべきだろう。
もちろん、CROの質が委託者の要求レベルに合致していなければ、次から両社の間でのビジネスは成立しないことになる。

ということで、約束事は「約束を結ぶ時」と「約束違反」、「約束事に勘違いが有った」等が起きた場合をよく考える必要がある。

次は「2)CROに期待したほどの治験の質・スピードがなかった」の検討に移ろう。



まずは、委託する時の契約で「2005年3月までにCRFのFixを終了」と有ったのに、なかなか登録が進まなかった場合が、これに当てはまる。(スピードの問題)

また、CROから提出された成果物(モニタリング報告書や総括報告書)が、委託先の期待はずれだった場合も、これに当てはまる。(質の問題)


最初にスピードについて考えてみましょう。

委託先からしてみれば、契約期間内に終わらないと、委託料金がさらに追加される可能性が有るし、自社の予算計画にも狂いが生じるので、大きな問題だ。
うがった見方をすれば、「委託料金を追加したいがためにわざと遅くやっているんじゃないか?と委託先が考える」なんていうことにもなりかねない。
逆に言うと、契約期間内に終わらないのは契約違反だから、ペナルティが受託側に課せられる可能性も有る。

これに対して、受託側(CRO)にすると、「そもそも、被験者候補が少ない施設を選んだ委託先が悪い」とか「じゃ、お宅のモニターがやれば、期間内に終わる自信は有ったのか?」なんていう不満が出てくるかもしれない。

いずれにしても、泥試合になりそうだ。
これまた、両社の間で事前に「要求する質とスピード」を良く協議しておく必要があるだろう。

もし期待以上に早く、かつ質の高い治験をCROが提供した場合は、ボーナスを委託先から出すということも有ってもいいかのしれない。
まぁ、CROにとって、そんなおいしい話が無かったとしても、次のビジネスに繋がることを考えたら、これにこしたことはない。


次に質について考えてみよう。


CROから提出された成果物(モニタリング報告書や総括報告書)が、委託先の期待はずれだった場合が、これに当てはまります。(質の問題)

まずCROのモニターが人手不足で、新人ばかりが担当した、なんていうと、それだけでも委託先は心配になります。
心配になるどころか、教育までしないといけません。一体、CROは教育をしているのか? という不満が出るでしょう。

CRO側から見たら、どの程度の質のレベルを要求しているのか分からない、とか、そこまでの質を要求するの? というようなことを言い出しそうです。

委託側から見た選択肢は・・・・・・

・別のCROにする
・しようがないから、こちら(委託先)が教育する。その代わり、料金を安くしろと交渉する
・もう一切、CROには任せない。やっぱり自社でモニターをいくしかない

・・・・・・くらいでしょうか。


受託側の選択肢は・・・・・・

・質を上げる努力をする
・人手不足なら、リクルートするか、受注仕事を減らす
・委託先との質的要求レベルを事前に確認する

最後の「委託先との質的要求レベルを事前に確認する」は、なかなか具体的には難しいでしょう。どう表現すべきかがキーとなると思います。


最悪なのは、例えばQCを含めて委託したのに、委託元で再度QCをしないといけない、だ。

最高にいいのは、ダブルワーキングしなくてもいいということになるでしょう。

ここで、もう一度、今、検討していることを再確認しよう。
今、検討しているのは、次のことだ。

2)CROに期待したほどの治験の質・スピードがなかった。

この課題のホストは間違いなく委託先だ。
なので、この課題は、受託側から解決しないといけないでしょう。

どうやって解決するか?
それは、また別の機会に。


治験依頼者とCROの間に有る問題として残った最後の課題は次です。

3)委託する側は受託する側の内容を把握するのに苦労する。


この問題をまずCRO側から見ることにしよう。

CROの中にもきっとモニタリングのリーダーがいるはずである。
このリーダーが、部下のモニターをマネジメントできているかどうかに、この問題解決のキーがある。

リーダーがきちんと委託されている治験の業務を完全に把握していれば、委託元は、そのリーダーに電話の一本でもいれればいい。


CRO側から、委託側を見ると、同じ問題が生じている可能性がある。

たとえば、受託業務に対して、モニタリング部門とDM部門から違う指示が出されるというような状態が予想される。
これまた、委託元のプロジェクトマネージャーがしっかりと各部門をマネジメントできているかどうかにかかっている。


以上より、この「3)委託する側は受託する側の内容を把握するのに苦労する。」については、委託元、受託先ともに、優秀なプロジェクトマネジャーが存在し、その間で良好なコミュニケーションがはかられていれば解決するだろう。

もし、この問題が今、一番の問題だとしたら、どちらかのリーダーの力量不足となる。



ここからは、SMOと治験実施医療機関の関係を考えてみよう。

多分、一番問題となっているのは、SMOから派遣されたCRCのことではないだろうか?

常勤でCRCを雇用している病院ならいいが、今回の治験だけとか、期間限定で派遣されるCRCと病院職員との間の対人関係が治験に一番、関係しそうだ。

派遣CRCとしては、一生懸命に治験を促進をしようと、病院の各部署と連携をはかろうとしても、実は、正職員はわずらわしいと思っているかもしれない。

これは何も、CRC業務に関わらず「派遣業」につきまとう運命的な難しさだろう。

さらにCRC業務で問題を大きくするのが、医師と患者さんとモニターの橋渡しをしないといけない、ということだ。
これは、派遣、正職員との区別無く問題として大きい。

正職員のCRCなら、医師とのコミュニケーションはまぁまぁだろうが、患者さんやモニターも相手にしないといけない。
さらに、ここにきて、また派遣の場合は、短期間で医師との良好なコミュニケーション関係を作るということが大きな障壁になる。


以上より、CRCの方は、医薬や治験の専門知識に加えて、コミュニケーション能力やコーディネートスキルを要求されることになる。
従って、CRCに関連する一番の問題点は、派遣も正職員の場合も含めて、いかにして「コミュニケーション能力やコーディネートスキル」をつけるか、教育するかだ。

モニターも同様だが。(ついでに医師も同様だ。)


SMOのその他の業務として問題になりそうなのは何だろう?


SMOの業務としてCRCの派遣の次に大きな仕事としては、治験事務やデータマネジメント(DM)等も有る。
大きなくくりで言うと、CRCの業務としてDMというのは、結構、大切な仕事だ。

CRCの業務としてDM作業は、まだ、あまり一般化していないが、「医師主導型の治験」になったら、相当、大きな仕事になるだろう。

自前のCRCで行くか、SMOに依頼するかは、お金と時間と労力と質のバランスの勝負だ。



さて、今まで「製薬会社とCRO」、「SMOと治験実施医療機関」について、論じてきた。
ここで、最も肝心の「製薬会社とCROとSMOと治験実施医療機関」について、考えてみよう。

「製薬会社と治験実施医療機関」だけでも、イッパイイッパイの問題だらけだったのに、ここに来て、急に四つ巴戦だ。
しかし、数が増えたからと言って、本質は変わらず、結局、最後は人間対人間、組織対組織という話になる。


本来、治験を円滑にするために設立されたCROやSMO。
それが、うまく機能していないのが、現状だ。

製薬会社はCROを選んでおらず、あるCROの何々さん、という個人が欲しい、と言う。
病院もどこのSMOではなくて、あるSMOにいる何々さんなら、いいと言う。

結局は、個人なのだ。
ただし、その個人を育てるのが組織だと言うのならば、組織(会社)の問題だ。

製薬会社も、どこの病院がいい、ではなくて、あの先生ならいい、ということも有る。
病院の医師だって、どこのCROがいいではなくて、あのモニターならいい、ということだ。

しかし、モニターは、結局は会社を背負って病院へ行っている。
そこを考えないといけない。


話は戻るが、本来、治験を円滑にするために設立されたCROやSMO。
それが、うまく機能していないのが、現状だ、という話。

この結果、誰が一番、わりを食うかというと・・・・・・そう! 患者さんです。

一日も早く新しい薬が出ることを待ち望んでいる患者さん。
そのために、治験を円滑に進めないといけないんだよね。(だよね?)


「製薬会社とCROとSMOと治験実施医療機関」の四者が、ああだ、こうだ、と喧嘩をしている(というほどでは無いが)暇が有ったら、患者さんのことを考えましょうね。

自分が癌になったら?
家族が癌になったら?
恋人が癌になったら?

まぁ、癌に限らず、家族や友人が病気になったら、お見舞いに行く。

そして、一日でも早く、病気が治ることを、その人のために祈る。

その祈るが届くといいよね。

他人事ではなく、みんなが自分事として、治験を円滑に進める方法を考えよう。

モニターは、自分がCRCだったら? と考えてみよう。
CRCは自分がモニターだったら? と考えてみよう。
治験責任医師は、自分が治験参加者だったら? と考えてみよう。


以上、「製薬会社とCRO、SMOと治験実施医療機関は正しく機能しているか?」の考察は終り。
posted by ホーライ at 08:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 治験の問題点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

治験結果を知らせるか否か

以前、ホーライ製薬で治験の結果を、その治験に参加した方々に知らせるべきかどうか、ということを話題にしたことがある。

もう既に、全ての治験で希望者には知らせる旨を、治験参加の説明同意書に書いているという会社も有った。

今回は、この治験結果を被験者(治験参加者)の皆さんに伝えたほうがいいかどうかを考えてみたい。


まず、ここで検討する課題に関連する事項を明確にしておきたい。


【治験の結果知らせるPhase】

・治験の結果を知らせるPhaseは、Phase-1からPhase-3までとする。


【治験の結果とは】
・治験の結果とは次のことを指す。

(1)治験参加者に投与されたのあが、「実薬」(用量も)だったのか「プラセボ」だったのか
(2)治験参加者はCRF上では効果が有ると判断されたのか
(3)最終的に、その治験全体としてはどうだったのか?(次のPhaseに進むのか?)
(4)最後に、その治験薬はどうなるのか?(申請されたのか? 承認されたのか?)


【検討課題】

(1)参加者に知らせるとしたら、全員なのか、希望者だけなのか。それは、どこで判断するのか?

(2)お知らせする結果の範囲は?

(2)どうやって知らせるのか?

(3)誰が知らせるのか?

(4)そもそも、知らせていいのか? 

(5)知らせることの意義は? 

(6)知らせることで起こる問題は?


とりあえず、今回、話題にするのは以上までとする。


さて、まず最初に「知らせる」という仮定で話を進めて行こう。

まず、検討課題の(1)参加者に知らせるとしたら、全員なのか、希望者だけなのか。それは、どこで判断するのか? を考えたい。

これは、希望者だけでいいのではないか?
治験の結果は知りたくない人に、強制的に知らせるべきものでは無いと思う。
では、知りたいかどうかをどこで判断するのか?
もちろん、治験に参加するかどうかの同意説明文書に書いておき、同意書に(結果を知りたいですか? 1.はい  2.いいえ)と書いておけばいい。



さて、では治験参加者に「お知らせする結果の範囲は?」どこまでとするか?

まず、Phase-1からPhase-3までの共通項目として、少なくとも治験参加者に「何が投与されたか?」を教えることにしよう。

たとえば、Phase-1の場合は、プラセボだったのか、何mg錠だったのか、というように。

Phase-3の場合は、「治験薬」群だったのか「対照薬」群だったのか、をお知らせする。

取り合えず、治験参加者は何が自分に投与されたのか位は、知っておいてもらおうではないか。


次に、その結果だ。

これまた、Phase-1からPhase-3までの共通項目として「今回の治験の結果」だ。

まず、Phase-1の場合は、簡単にADMEについて、知らせてもいいと思う。(本人が理解できるかどうかは別として。でも、せっかくだから、理解できるように説明してあげたい。)

また、その結果、何が分かったのか? 最大投与量は、どうなったのか? 等だ。

そして、これらを受けて、次のステップへ進めることになったかどうか、次のステップでは、どのようなことを調べる予定なのか、あたりだろうか。

Phase-2とPhase-3では、治験参加者自身にとって、この治験薬が効いたのかどうか、も知らせてもいいだろう。

「プラセボだったから、どうでした」とか「何mgを使ってもらって、あなたはどうやら、少しは効いていたようだ。」とか「あなたは対照薬群で、効果が出ていましたね。」・・・・・・等だ。

さらに、「副作用」も知らせておく。

「有害事象」として、これとこれがありましたが、いずれも因果関係が否定できた(その根拠も)ので、あなたの場合は、副作用はありませんでした。

あるいは、「有害事象」として、これとこれがありました。そのうち、これは因果関係が否定できなかったので、「副作用」として取り扱われます。 

・・・・・・というようにだ。

ここまでは「個人情報」だ。(一部「これらを受けて、次のステップへ進めることになったかどうか、次のステップでは、どのようなことを調べる予定なのか」は違う。)

さて、では、「治験全体として」はどうだろう?


前述したが、今回の治験(治験参加者が参加した治験)の結果を受けて、次のステップへ進めることになったかどうか、次のステップでは、どのようなことを調べる予定なのか、を伝える。

Phase-3では「申請することになった」とか「申請できないようだ」ともなる。
その理由を伝えてもいいだろう。「効果が出なかった」とか「対照群との非劣性を証明できなかった」等ということを、治験参加者に理解できる言葉でお知らせする。

もし申請できなかったとしよう。すると予想される質問として「どうしてですか?」というのがある。
この質問が治験参加者から出たら、それも可能な限り、伝える。

このようなことを伝えていけばいくほど、一般市民の皆さんに、薬の開発ステップや治験の意義が伝わるのではないだろうか?

また、今ある薬に対しての信頼性も(或いは不信感かもしれないが)出てくるかもしれない。

いずれにしても、自分が参加した治験の結果、何がどうなったのかを知る権利が治験参加者には有るだろうと思う。

そして、最終的には「承認されました。」或いは、「審査の結果、承認されませんでした。」ということも伝えたい。

この時が、実は治験依頼者にとって、一番厳しいところかもしれない。

なぜならば、一度は、治験参加者に「申請することになった」という場合、それは当然、一般市民の患者さんにとっては「効果が有った」という理解になるからだ。

それなのに、審査過程で承認されなかったということは、「実は、効果が思ったほど良くなかった」とか、「一部、データが不足していた」とか、「治験の質が疑われた」というような理由が出てくるからだ。

しかし、ここで治験依頼者側から、承認されたかどうかを知らせなくても、一般市民も最終的には知ることになる。

そう、つまり、自分が参加していた治験薬が市販(使用)されれば、分かるし、いつまでたっても市販(使用)されないな、ということは分かるわけだ。


・・・・・・ということで、治験参加者にどこまで治験結果を知らせるかは、ここまでの検討とする。



さて、では知らせるとしたら、「どうやって知らせるのか?」「誰が知らせるのか?」を考えてみよう。

Phase-1からPhase-3までの個々の結果であれば、それぞれ担当した医師が知らせればいい。(治験事務局でもいい。)
知らせ方は書面でも、口頭でもいいだろう。 

郵送でもいい。

ただし、e-メールはまずいかもしれない。情報が他に漏れるかもしれないからだ。

・・・・・・と、実は、ここで「知らせるか否か」の検討で、ひとつの最大の障害である「治験結果」という「企業秘密」というのが出てくる。
出てくるが、これは、またあとで検討しよう。

治験の結果を知らせるための費用は、当然、治験依頼者だ。

承認されたかどうかを、Phase-1の人に教える時に、大変なのは時間がたっていて、知らせることが物理的に不可能になるかもしれないことだ。

長い治験だったら、Phase-1から承認まで5年以上かかることもある。
すると、治験参加者が引っ越したりして、連絡先が変わるだろう。
また、いちいち治験参加者が治験実施医療機関に、自分の転居先を知らせるのも面倒だ。

でも、もともと、今回の「治験結果を知らせるか否か」というのは、ここでは「義務」として、取り扱っているわけではない。
だから、知らせることができなくても、それは致し方ない、ということだろう。

もし、どうしても結果を知りたい治験参加者は、自分から進んで治験実施医療機関に、自分の転居先を知らせればいい。

インターネットで知らせるというのが、一番、手間も時間もお金もかからない方法だ。(治験全体の結果をね。)
ただし、誰もが見ることできるので、企業秘密が・・・・・・という話しにもなりかねない。

でも、今だって「投資家の皆様へ」というように、自社のサイト内で、治験の進捗状況を伝えているのだから、このあたりは、あまり大きな障壁にもならないだろう。

・・・・・・ということで、「どうやって知らせるのか?」「誰が知らせるのか?」もクリアしたことにしよう。(あまり詳細まで触れると何年もかかかるかもしれない。)



最後に、次の3点を検討しよう。

【検討課題】

(4)そもそも、治験の結果を知らせていいのか? 

(5)知らせることの意義は? 

(6)知らせることで起こる問題は?


まず、(4)そもそも、知らせていいのか? だ。

知らせると、なにか、まずいことが有るだろうか?

(1)自社の開発能力の低さが露呈してしまう?

(2)治験の結果を知らせたら、治験参加者が悪い印象を受けて、ますます治験に悪影響を与える?


え〜〜と・・・・・・(1)は放っておこう。

問題は、(2)の「治験参加者が悪い印象を受けて、ますます治験に悪影響を与えるかどうか」だ。

プラセボが使われることや、投与量がひとによって違うこと、予想される副作用等は、治験参加時に既に同意の説明文書内で知らせてある。

だから、僕にはどこにも、問題がないと思う。


次に「知らせることの意義は?」だ。

これは、まず治験参加者には知る権利があることを言いたい。
そんな権利なんて、どこにも無い、という意見もあるだろう。
医師や治験依頼者にも、知らせる義務は無いという意見もあるだろう。

そうです。そのとおりです。だから、こうして、今、僕は知らせるか否かを検討しているわけです。
知らせる義務が有るなら、検討する必要が無い。

まず、知らせたいという意志をもった企業がやればいい話だ。

さて、意義の話になるが、前に一部触れたが、「一般市民の皆さんに、薬の開発ステップや治験の意義が伝わるのではないだろうか?」というのが有る。

治験の結果を知らせるということは、治験の仕組みを伝えることに繋がる。

治験に参加する場合でも、事前に治験の意味や意義を同意説明文書で伝えているが、治験が終わったあとで、治験結果を伝えることによって、よりいっそう明確に伝わってくれるはずだ。

「治験の意義が伝わる」ということを、製薬会社は希望していたのではないだろうか?

新GCPが導入され、治験が空洞化したとき、盛んに「治験の意義・必要性」を、一般市民に伝えよう!と言っていたではないか。

それがまさに、行われるわけだ。
文句はあるまい。文句どころか、率先してやることだろう。違う?


 
最後に残った「知らせることで起こる問題は?」だが、これは、もう「そもそも、知らせていいのか?」で触れているので、ただ一点だけ言及するにとどめる。

ある病気があり、それは難病指定で、いまだに薬が無かったとしよう。
ところが、その薬の候補となる治験薬がでてきた。
しかし、治験を行った結果、効果が認められなかった場合、患者さんたちの失望感をどうするかだ。

これは、今後も、ずっと考えていかないといけない。
そして、その失望感を希望に繋げるのが、製薬企業の本来の仕事でもある。



「モニターの認定制度」については、以上。

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治験担当、臨床開発担当モニター認定制度

MRには業界で統一した認定制度が有り、認定されるためには、かなりの勉強をして試験に受からないといけない。
そのMR認定試験用に有料の研修が有るくらいだ。

また、CRCも臨床薬理学会や看護師学会等で認定制度を取り入れている(予定も含む)。

しかし、今のところモニターには業界で統一した認定制度を設けようとしていない。(2004/10/17現在)

何故だろう?
僕はMRよりも、モニターのほうにこそ認定制度が必要だと思う。
今は、各製薬会社やCROの社内での認定(或いは任命)要件がSOPに書かれており、その社内要件さえ満たしていれば良いことになっている。

果たして、このままで良いのだろうか?

MRは既に承認済みの薬の情報を扱っている。
ところが、モニターはまだ未承認の治験薬を扱っている。
治験薬だから、有効性はもちろんのこと、安全性も十分に確認できていない。

承認済みの薬ももちろん、有効性、安全性ともにまだ十分に確認できていないが、治験薬ほどではない。

そのような「危険物」を扱うモニターに、どうして「認定制度」が無いのだろう?

まずは、そこから考えていきたい。


まず当局主催の定期説明会や国立大学薬剤部長会議(当時)等で「モニターの認定制度は何故無いのか?」という質問があると、当局側は「それぞれの会社でモニターの要件を決めることにGCP上なっている」という答えが、まず帰ってくる。

その通りだ。

GCPには「モニターの要件」を治験依頼者は決めないといけないことになっている。そして、それを文書化する義務が有る。
さらに、「モニターを教育・研修すること」まで書いてある。

問題は、ここから先だ。

モニターの教育・研修の内容まで踏む込んでGCPでは規定していない。
そこで、各社がバラバラの教育・研修をやっている。

各社は各社で、それぞれ言い分がもちろん有る。

「治験によってモニターに要求される程度が違うから」、教育・研修も、その治験の難易度によって自ずと変わり、統一した教育・研修を決めることができない。。。あたりが答えとなる。

では、CRCはどうか?
MRはどうか?

最新の情報、最低限度の知識(例えばGCP)をモニターに各社は、教えていると思うが、何故、CRCやMRには必要で、モニターには、認定制度が無いのか?

実は、正直言って、僕は分からない。


「モニターの認定制度」が必要かどうか? 僕は有ったほうがいいと思う。

そして、「何故、CRCやMRに認定制度が有るのに、モニターには無くていいのか?」

下の日記に書いたように、正直言って、その理由が分からない。

このような問題にぶちあたった時に、僕がとる手段は「質問を変えてみる」だ。

質問を変えてみよう。

「モニター認定制度が有ったら、困るか?」

これなら、どうだろう?

みなさんの会社は困りますか?

困るとしたら、何故、困りますか?


さて、もし「モニター認定制度」を設けても、どこの製薬会社もCROも困らないとしよう。

そうなると、次に問題となるのは何だろう?(ここから、先は「「モニター認定制度」を設けても、どこの製薬会社もCROも困らないという前提であり、どこかが、「困る」と言い出したら、話はなかったことになる。)

まず問題として考えられることは次のことだ。

1)どのような認定制度にするのか?

2)もし「筆記試験」をするのなら、どのような問題にするのか?

3)もし、実地試験が必要なら、どのようにやるのか?どこでやるのか?

4)認定試験をやるとしたら、その受験資格は?

5)一体、誰が、それらをやるのか?

大きな問題として、以上があるだろう。(細かい問題は数え切れない)

では、ここでMRが認定試験を導入した時に、同じ問題が無かったか、考えてみたい。

間違いなく、上記の問題は有ったはずだ。
さらに、CRC認定ももそうだ。

ここで、予想される反論として「MRやCRCとモニターは要求されるレベルが違う」とか「モニターは各社の要求レベルが異なる」ということかな。

これもまた、MR認定制度の時に出ただろう。(MRは各社の扱っている製品が違う。とか、MRには薬剤師免許を持っている人もいるが、そうでない人もいるが、その差はどうするのだ?とか。)

なんでもそうだが、何か、一つのことを起こそうとすると、必ず問題は山積みなのだ。

とにかく、モニター認定制度を導入するとなったら、これらの山積みの問題を乗り越えて行く強力なリーダーが必要となる。(それが、個人にしろ、組織にしろ、団体にしろ。)


でも、とにかくMRやCRCではできたことが、モニター認定制度だけはできないという理由は多分無い。
(ここでは、まだ、必要かどうかという論議には触れていない。実施可能かどうかだけを考えている。)


ゥゥゥということで、強力なリーダーがいれば、多分、モニター認定制度も導入可能だろう。

あとは、この制度が必要なのかどうかの最初の論議に戻る。

ところで、何故、CRCには認定制度が必要だったのだろう? 何故、MRには認定制度が必要だったのだろう?

認定制度が導入されたことによる、メリット、デメリットはどうなったのだろう?

アンケートの理由にも有ったが、患者さんや医師から見たら、モニター認定制度は有ったほうがいいのだろうか?無いほうがいいのだろうか?

僕の答えは最初に書いたとおり、モニター認定制度こそ、本来なら真っ先に導入すべきことだと思っている。

皆様は、どう思われますか?

「モニターの認定制度」については、以上。
posted by ホーライ at 08:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 治験の問題点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

治験におけるデータ捏造(1)

実は治験におけるデータ捏造は、そう難しくない。
やろうと思えば、やれる。

ここで、その方法を書くのはまずいので書かないが、治験のデータは捏造しやすいデータだと思う。

最も悪質なデータ捏造としては、架空の患者さんを作り、その人のデータを作ってしまう、というやつだ。

だから、『本当に、その患者さんが実在する人かどうか?』というのは、ケッコウ、大事なSDVの目的の一つだ。
しかし、その『実在するかどうか』ということをモニターが証明するのが、これまた難しいのだ。

第一に、モニターは治験参加者と直接、話すことを許されない、という考えがある。

これは治験参加者のプライバシーの保護や人権、或いは、それこそ、データ捏造になりかねないからだ。

治験参加者が実在するかどうか?
これは、どうやったら、証明できるのだろうか?


治験参加者が実在する本当のデータなのかどうかを、どう証明するかの前に、どうしてデータ捏造が発生するのかを考えよう。

まず、治験責任医師は治験依頼者から、治験参加者1名につき、50万から100万円(或いはそれ以上)の費用がもらえる。
この金額の妥当性は病院内に設置される治験審査委員会(IRB)で審査される。
この費用は国公立の病院場合、治験責任医師に直接支払われず、病院に一旦支払う。(国公立の病院の医師は治験は「公務」として、見なされるからだ。)

一方、私立の病院の場合は、基本的にはどこに支払うことも自由なのだが、やはり治験責任医師に直接支払うことは滅多に無い。
大体、医局や病院に支払う。

個人経営のクリニックの場合は、クリニックに支払うと言っても、個人経営なので、直接、医師に支払われるようなものだ。

さて、この治験参加者1名につき支払われる費用は、国公立の場合は「前払い」だ。
例えば、8人の治験参加者を予定して契約すると、8人分を前納する。
もし、実際には4人しか治験参加者が集まらなくて、そのまま治験が終了しても、残り4人分の費用は戻ってこない。
(国庫にお金を入れるのはたやすいのだが、一度、国の金庫に入ったお金を出すのは大変らしく、それはできないということで、今まで、治験依頼者はそれで納得していた。 でも、よく考えるとサラリーマン・ウーマンの場合、年末調整が有るよね。どうして、あれはできるのに、治験の場合はできないのか、よく分からない。)

国公立、私立、個人経営にかかわらず、治験をやると治験参加者の人数に応じて、お金の支払いが発生する。

まず、これが「治験データ」捏造が発生する一つの原因ではある。
しかし、その費用の妥当性は病院のIRBで審議されるし、金額も労働の割合から考えたら、そう高い訳では無い(と僕は思う)。

労働が発生したら、それに伴う費用が支払われれる。当然だ。
だから、治験参加者に比例して支払う費用は、データ捏造の一つの原因だとしても、それだけでない。

それよりも、もっと重大な原因が有る。


労働に対する費用は妥当だと、前に書いているが、それは公になっているお金のことだ。
公に対して裏がある。これまた、いろんな業界と政治家の関係を見れば、よく分かる。
名目は接待費、講演料、研究費用など等の名目で、製薬会社から治験実施者の医師に渡ることもやろうと思えば、いくらでもできる。

こういうお金の問題は治験に限らず、有りえる。

治験固有の問題を考えてみよう。

まず、第一に新薬を承認してもらうためには「有効性」が高く、「副作用」が低いもののほうがいいに決まっている。
その判断や、データを集めているのが、治験責任医師や治験分担医師だ。
そこで悪知恵が働く製薬会社(の一部の人)は、お金で「有効性が高く、なおかつ安全性が高く」なるように評価を、医師から書いてもらう。
医師も、「こんな副作用は、臨床ではしょっちゅう出ることだから、治験薬で出たところで、副作用としてあげるほどのもんじゃない」等という気持ちが有るのか、「副作用」の程度を「高度」から「中等度」に変えたりする。

或いは「有効性無し」を「有効性有り」に変えたりする。

また、日常診療の合間にやっている治験なので、取り忘れたデータを、勝手に作ってしまうことも、やろうと思えばできる。

・・・・・・ということもあるだろう。(あくまでも、僕の個人的想像です。)


そして、もう一つの治験固有の問題として「症例数の確保」というのが有る。

新薬の卵である「治験薬」の安全性、有効性を解析するためには、最低、これだけのデータが必要、というのが有る。
それは治験薬の対象疾患にもよってまちまちなのだが、概ね200人とか300人なんていう数の患者さんのデータが必要になる。
逆に言うと、それだけの数が集まらないと、製薬会社は新薬承認申請ができないのだ。
そこで、多少、プロトコル違反でもいいから、とにかく症例数を確保しようなんていう輩が出てくる。

通常は、治験を病院(医師)にお願いする前に、大体、ここでは何例の症例を集められるかを医師と相談しながら決め、それを契約症例数と呼ぶ。

例えば半年で12症例は大丈夫だということで、契約書にも「予定症例数;12人」と書く。
ところが、そう思ったようには集まらない。
すると、製薬会社からプッシュする。また、治験責任医師のボスである教授や部長クラス等からもプッシュするよう製薬会社はお願いする。

プレッシャーをかけられた医師は、せっぱつまって架空の被験者のカルテを作り、架空のデータを作る、ということを考えるのかもしれない。
この時に、研究費や講演料等で金銭的に普段から製薬会社から「援助」してもらっている医師だと、架空のデータを作る可能性が高まる。


また、時には、医師が「これはいい薬だ」と認めながらも、なかなか被験者が集まらない。
すると、1日でも早く、このような新薬を世の中に出したいがために、データの捏造をする可能性も否定できない。



以上から、治験におけるデータ捏造の誘発要因としては以下のことが考えられる。

1)公(裏も含めて)の、お金のやり取りが有る。

2)契約症例数へのプレッシャーが有る。

3)治療と治験の区別がついていない。

4)医師自らが良かれと思ってやる。

等が上げられる。

このような誘発要因から、いかにしてデータ捏造を防ぐか、捏造されたデータを発見するかを考えよう。



まず、第一に治験依頼者が「捏造は許しません、させません、見逃しません」という毅然とした態度表明が必要だ。

適切な労働に対する適切な対価を払う以外は一切、私どもはお金を払いません、ということを明言する。

臨床上、よく有る話だからという言葉に惑わされない。
臨床の現場と治験は違うことを説明する。(GCPに則って、プロトコルに則ってやる。)
それでもダメな場合は、そういう医師に治験を依頼しない。(あとで、ダメージをくらうのは治験依頼者だ。)


次に契約症例数確保のために医師にプレッシャーをかけるだけでなく、治験依頼者側も登録促進案を考えて、治験責任医師を助けてあげる。

大切なことは医師と治験依頼者とのパートナーシップだということ、信頼関係だということを常にモニターは忘れないこと。(普通でも、「お金」がどれだけの信頼関係を失わせているかを考えてみよう。お金は、そういう魔力を持っているのだ。)


もし、上司が捏造を許すような上司だったら、さっさとそんな会社を辞める。(あとで、自分も巻き添えを食うことになる。)


以上のごく簡単な心構えだけで、捏造を防げるとは思わないが、相当減らすことができるはずだ。

きみ/あなたら、できるはず!

posted by ホーライ at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 治験の問題点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ソリブジン事件からの教訓(1)

帯状疱疹の治療薬にソリブジンというものが有った。

ソリブジンは、がん患者や手術後の患者で免疫力が低下したときに、ヘルペスウィルスが増殖し、皮膚に帯のように水膨れができる帯状疱疹の新薬として開発された。

内服で使用でき、既存の抗ウィルス剤よりも1日の服用量が少なくて済む利便性があるとされた。

しかし、1993年9月の発売後1年間に15人の死者を出した事件。

その後、治験段階で投与された患者3人が死亡していたことが判明した。
 
また、最初の死亡例が会社に報告された9月20日から約3週間の間に、同社社員175名が同社株を売却していたことがわかり、インサイダー取引容疑で捜索された。 (とんでもない話だ。)

さらに、動物実験でも既に、そのような副作用が出ることが予想されていたとか、治験のデータが正しく報告されていなかったという事実が次々と明るみに出た。

ソリブジン事件では、その薬を使った患者さんの体内で、薬を代謝するある酵素の活性が阻害される。
すると、その酵素で本来ならば無毒化されるはずの抗ガン剤が、いつまでたっても毒性を保持したままになる。
そして、その毒性が致死量に達すると、患者さんが亡くなられる。

治験において、併用禁止薬が設定されているのは、このような事例が有るからだ。

この事件を契機に、厚生労働省の安全性対策システムにも問題が有るとして、組織改変が行われた。
また、ICH-GCPが日本に導入される頃でもあったので、それに合わせ、治験中の安全性情報の取り扱いを厳格に規定された。


例えば、答申GCPには次の条文が有る。

6-2-3-3 治験責任医師又は治験分担医師は、被験者に他の主治医がいるか否かを確認し、被験者の同意のもとに、主治医に被験者の治験への参加について知らせなければならない。


これは、「何故、他の主治医に治験のことを連絡しないといけないか?」という問題として、僕はしばしば研修に使う。
もちろん、ソリブジンと同じように、治験中に併用する薬によっては、患者さんの安全性が保てない場合が有るためだ。
そのために、他の主治医に注意喚起をして、他の病院で併用禁止薬が使われないように、この規定が作られた。




ここで、問題となるのが、上の条文で「被験者の同意のもと」とあるが、じゃ、被験者が同意しなかったら、どうするのか?ということだ。
この手の質問が研修中に、よく有る。

僕は、そのような患者さんは最初の同意の時に、「他の主治医がいたら連絡する」ことを説明し、同意を取得すべきだと思う。

また、もし治験中にあらたに、他の疾患で他の医師にかかるようになった場合、それが判明したら、患者さんにその必要性を説き、同意をとり、連絡することを薦めている。

それでも、患者さんから同意を得られなかったら、ためらわずに、その場で治験を中止したらいい。

これは、僕の考えなので、別に全ての製薬会社、治験依頼者がやっていなくても強制するものではない(当たり前だが)。

しかし、患者さんの安全性を考えたら、どうすべきかは、自ずと分かろうというものだ。



このようなGCPに明確に書かれていないことを、業界ではグレーゾーンと言う。
ここをどう解釈するかを、いろんな会社が頭をひねりながら、考えている。
それはそれで、いいことなんだろう。

ただし、「他の会社でも、治験中に他の主治医ができて、患者さんから同意がとられなくて、その別の主治医に連絡ができなくても、治験を継続しているらしい」という程度の根拠で、治験をやってもらっては困るのだ。

その治験薬の特性や疾患の特性を考慮して、判断して欲しい。
もちろん、その時には、患者さんの安全性を確保することを第一に判断すべきだ。

治験におけるGCPのグレーゾーンの解釈。これが、くせものなのだ・・・・・・。


GCPや治験の基本は何か?

それは言うまでもなく「治験に参加してくださった患者さんやボランティアの方の『人権』、『安全』及び『福祉』の保護のもとに『科学的な質と成績の信頼性を確保』」することである。

これは『建前』でも『大義名分』でも無い。

治験に参加された方は文字通り『命を張って』治験に参加してくださっているのだ
その方々の人権や安全、福祉を最優先に考えないというのは、それらの方々に大変失礼なことである。『非道』である。

その『基本』さえ忘れなければ、グレーゾーンの解釈も、そうそう間違ったものにならないはずである。

僕たちは法解釈の弁護士ではないのだ。





やたら、「GCP」の条文の解釈をやりたがる行為が見受けられる。
それはそれで、きっと大切なのだろう。
しかし、それ以上に大切なのは、治験に参加された患者さんの「安全性」「福祉」「人権」を守ることなのだ。
そこさえ、しっかりと押えておけば、そうそうおかしな間違いをしない。

重箱の隅をつつくようなことは、もうやめて、「GCP」が作られたもっと本質について考えてもよさそうなものだが。(治験依頼者側も、規制当局も、治験を実施する医療機関のIRB事務局や治験事務局もね。)


そう思わない?


話をソリブジン事件に戻そう。

ここでの教訓により答申GCP6-2-3-3に「治験責任医師又は治験分担医師は、被験者に他の主治医がいるか否かを確認し、被験者の同意のもとに、主治医に被験者の治験への参加について知らせなければならない。」という一文が入った。

これを講師として教える時に、何故他の主治医に治験参加を知らせる必要が有るかをしっかりと伝えないといけない。
ただの知識として、条文を知っているだけでなく、それが何のために有るかを身に沁みて納得してもらう必要がある。

そして、モニターは治験開始前に治験責任医師や治験分担医師、CRCにそのことを意義も含めて伝えるべきなのだ。

治験が始まって、そのような事態になってからでは遅い。
そして、それらを社内のGCPに詳しい人や監査に聞きに来るのが「治験終了後」だというのはもってのほか。

こういうモニターが社内にいたら、どうして、そんなモニタリングになっているかをしっかりと考えないといけない。
でないと、第二のソリブジン事件が発生することになる。


ソリブジン事件では、モニタリングだけでなく、社内の風土も関連している。
多分、危機意識が薄い。

薬の副作用に対する「痛み」を感じられない。
しょせん、患者さんの「痛み」を感じていない。

動物実験で判明していたことを、自分の身に置き換えて考えていない。
もし、自分の家族が、子供が、この薬を使ったらどうなるか?を考えようとしない。
治験のデータなんて、他人事のように思う鈍感さが社内を蝕んでいたのだろう。

「問題」が有ったら、それをきちんと対応しないと、後々、もっと大きな問題になるということを想像できないのだ。
きっと、自分が責任者でいるのも、あと数年だから、その間、問題が無いのならいいと考えたのかもしれない。

これは「頭の良し悪し」の問題では無い。
人間としての良心、尊厳の問題だ。

都合の悪い治験データを隠すことに賛成の表明をしなくても、阻止できなかったという時点で、それは同罪だろう。

「だから、あの時、僕は反対したんだ」という言葉は、死亡された患者さんと家族にとってなんのたしにもならない。


今後、二度とこのような悲劇を生まないためには、組織のトップ陣営の意識を変えることがまず重要だ。

イエスマンを周りに置かない。
悪い情報をすぐに上にあげることを奨励する。
対症療法では無く、根治治療を目指す。
一時しのぎは、結局、あとで大きな問題となって浮上する。
会社に良心まで依存させない。

健全な経営が、結局は会社を成長させるのだ。
posted by ホーライ at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 治験の問題点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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