2005年12月10日

ソリブジン事件からの教訓(1)

帯状疱疹の治療薬にソリブジンというものが有った。

ソリブジンは、がん患者や手術後の患者で免疫力が低下したときに、ヘルペスウィルスが増殖し、皮膚に帯のように水膨れができる帯状疱疹の新薬として開発された。

内服で使用でき、既存の抗ウィルス剤よりも1日の服用量が少なくて済む利便性があるとされた。

しかし、1993年9月の発売後1年間に15人の死者を出した事件。

その後、治験段階で投与された患者3人が死亡していたことが判明した。
 
また、最初の死亡例が会社に報告された9月20日から約3週間の間に、同社社員175名が同社株を売却していたことがわかり、インサイダー取引容疑で捜索された。 (とんでもない話だ。)

さらに、動物実験でも既に、そのような副作用が出ることが予想されていたとか、治験のデータが正しく報告されていなかったという事実が次々と明るみに出た。

ソリブジン事件では、その薬を使った患者さんの体内で、薬を代謝するある酵素の活性が阻害される。
すると、その酵素で本来ならば無毒化されるはずの抗ガン剤が、いつまでたっても毒性を保持したままになる。
そして、その毒性が致死量に達すると、患者さんが亡くなられる。

治験において、併用禁止薬が設定されているのは、このような事例が有るからだ。

この事件を契機に、厚生労働省の安全性対策システムにも問題が有るとして、組織改変が行われた。
また、ICH-GCPが日本に導入される頃でもあったので、それに合わせ、治験中の安全性情報の取り扱いを厳格に規定された。


例えば、答申GCPには次の条文が有る。

6-2-3-3 治験責任医師又は治験分担医師は、被験者に他の主治医がいるか否かを確認し、被験者の同意のもとに、主治医に被験者の治験への参加について知らせなければならない。


これは、「何故、他の主治医に治験のことを連絡しないといけないか?」という問題として、僕はしばしば研修に使う。
もちろん、ソリブジンと同じように、治験中に併用する薬によっては、患者さんの安全性が保てない場合が有るためだ。
そのために、他の主治医に注意喚起をして、他の病院で併用禁止薬が使われないように、この規定が作られた。




ここで、問題となるのが、上の条文で「被験者の同意のもと」とあるが、じゃ、被験者が同意しなかったら、どうするのか?ということだ。
この手の質問が研修中に、よく有る。

僕は、そのような患者さんは最初の同意の時に、「他の主治医がいたら連絡する」ことを説明し、同意を取得すべきだと思う。

また、もし治験中にあらたに、他の疾患で他の医師にかかるようになった場合、それが判明したら、患者さんにその必要性を説き、同意をとり、連絡することを薦めている。

それでも、患者さんから同意を得られなかったら、ためらわずに、その場で治験を中止したらいい。

これは、僕の考えなので、別に全ての製薬会社、治験依頼者がやっていなくても強制するものではない(当たり前だが)。

しかし、患者さんの安全性を考えたら、どうすべきかは、自ずと分かろうというものだ。



このようなGCPに明確に書かれていないことを、業界ではグレーゾーンと言う。
ここをどう解釈するかを、いろんな会社が頭をひねりながら、考えている。
それはそれで、いいことなんだろう。

ただし、「他の会社でも、治験中に他の主治医ができて、患者さんから同意がとられなくて、その別の主治医に連絡ができなくても、治験を継続しているらしい」という程度の根拠で、治験をやってもらっては困るのだ。

その治験薬の特性や疾患の特性を考慮して、判断して欲しい。
もちろん、その時には、患者さんの安全性を確保することを第一に判断すべきだ。

治験におけるGCPのグレーゾーンの解釈。これが、くせものなのだ・・・・・・。


GCPや治験の基本は何か?

それは言うまでもなく「治験に参加してくださった患者さんやボランティアの方の『人権』、『安全』及び『福祉』の保護のもとに『科学的な質と成績の信頼性を確保』」することである。

これは『建前』でも『大義名分』でも無い。

治験に参加された方は文字通り『命を張って』治験に参加してくださっているのだ
その方々の人権や安全、福祉を最優先に考えないというのは、それらの方々に大変失礼なことである。『非道』である。

その『基本』さえ忘れなければ、グレーゾーンの解釈も、そうそう間違ったものにならないはずである。

僕たちは法解釈の弁護士ではないのだ。





やたら、「GCP」の条文の解釈をやりたがる行為が見受けられる。
それはそれで、きっと大切なのだろう。
しかし、それ以上に大切なのは、治験に参加された患者さんの「安全性」「福祉」「人権」を守ることなのだ。
そこさえ、しっかりと押えておけば、そうそうおかしな間違いをしない。

重箱の隅をつつくようなことは、もうやめて、「GCP」が作られたもっと本質について考えてもよさそうなものだが。(治験依頼者側も、規制当局も、治験を実施する医療機関のIRB事務局や治験事務局もね。)


そう思わない?


話をソリブジン事件に戻そう。

ここでの教訓により答申GCP6-2-3-3に「治験責任医師又は治験分担医師は、被験者に他の主治医がいるか否かを確認し、被験者の同意のもとに、主治医に被験者の治験への参加について知らせなければならない。」という一文が入った。

これを講師として教える時に、何故他の主治医に治験参加を知らせる必要が有るかをしっかりと伝えないといけない。
ただの知識として、条文を知っているだけでなく、それが何のために有るかを身に沁みて納得してもらう必要がある。

そして、モニターは治験開始前に治験責任医師や治験分担医師、CRCにそのことを意義も含めて伝えるべきなのだ。

治験が始まって、そのような事態になってからでは遅い。
そして、それらを社内のGCPに詳しい人や監査に聞きに来るのが「治験終了後」だというのはもってのほか。

こういうモニターが社内にいたら、どうして、そんなモニタリングになっているかをしっかりと考えないといけない。
でないと、第二のソリブジン事件が発生することになる。


ソリブジン事件では、モニタリングだけでなく、社内の風土も関連している。
多分、危機意識が薄い。

薬の副作用に対する「痛み」を感じられない。
しょせん、患者さんの「痛み」を感じていない。

動物実験で判明していたことを、自分の身に置き換えて考えていない。
もし、自分の家族が、子供が、この薬を使ったらどうなるか?を考えようとしない。
治験のデータなんて、他人事のように思う鈍感さが社内を蝕んでいたのだろう。

「問題」が有ったら、それをきちんと対応しないと、後々、もっと大きな問題になるということを想像できないのだ。
きっと、自分が責任者でいるのも、あと数年だから、その間、問題が無いのならいいと考えたのかもしれない。

これは「頭の良し悪し」の問題では無い。
人間としての良心、尊厳の問題だ。

都合の悪い治験データを隠すことに賛成の表明をしなくても、阻止できなかったという時点で、それは同罪だろう。

「だから、あの時、僕は反対したんだ」という言葉は、死亡された患者さんと家族にとってなんのたしにもならない。


今後、二度とこのような悲劇を生まないためには、組織のトップ陣営の意識を変えることがまず重要だ。

イエスマンを周りに置かない。
悪い情報をすぐに上にあげることを奨励する。
対症療法では無く、根治治療を目指す。
一時しのぎは、結局、あとで大きな問題となって浮上する。
会社に良心まで依存させない。

健全な経営が、結局は会社を成長させるのだ。
posted by ホーライ at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 治験の問題点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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